博多から唐津まで、そしてそこから折り返して博多までの「博多唐津ウルトラジョグトリップ」。暑くて途中ワープしましたが、楽しんできました。
スタートまで
大会は、深夜0時のスタートです。
羽田発の最終便に乗って、福岡空港に着いたのは10時前。まだ2時間あります。
地下鉄で一駅乗って、東比恵の松屋で腹ごしらえ。テーブル席で、時間をつぶしていました。
もう一回地下鉄に乗って、祇園駅で降りてスタート場所に向かいます。ちょっと迷っていたら、同じ参加者に助けていただきました。その方は自転車で来ていて、駐輪場に止めたところでした。
すでに2,30人が集まっていました。受付はニックネームを告げるだけです。
初回の参加者は、携帯用のコップを頂けるとのこと。ありがとうございます。
ジョグトリップは、基本的にエイド(「オアシス」と呼ぶそうです)は無人で、ペットボトルなどがあるだけです。そのため、マイカップは必須です。
また、地図がついたゼッケンもいただきました。A4を半分に折り畳み、胸の前に2つの安全ピンでとめます。走りながらそれを開くとA4の地図が現れるという仕組みです。なるほど~
10分前に開会式。ランナー(トリッパー)代表者が宣誓しました。
「ゴールは緩いが、スタートは厳しい」ということで、0時ちょうどにスタート。福岡(博多)の街並みを進みます。まだ(?)12時なので、屋台で飲んでいる人が多数います。犬の散歩に出かけている人もいました。
「どこまで行くの?」「唐津です」「ええっ!」「折り返してきます」「……」という会話をしながら、すれ違っていきます。
信号のタイミングで、大濠公園の交差点で右側にわたって、本隊(?)とちょっと別れました。藤崎を過ぎると、地下鉄のルートから少し外れます。そろそろ終電が終わったころでしょうか。今までは歩行者や宵を楽しむ人がいましたが、そろそろ減ってきました。
生の松原になると、歩道が細くなって少し走りにくくなります。そして、周りが松林になると、お店もなくなって暗くなります。ヘッドライトが必須です。
松林を過ぎると、海岸線です。道路工事で1車線が規制されていましたが、ランナーには関係ありません。
しばらくすると、最初のオアシスです。前のランナーが急に消えていくので、ここがオアシスだとわかりました。また、スタート時にも、「白線がだんだん短くなるとオアシス」との説明があったので、迷わずに、また通り過ぎずに済みました。
地図にもオアシスの距離表示があります。とても正確でした。
ここは、「かっぱ巻き 3個」。ぱくっと頂いて、先に進みます。「深夜なので、静かに」です。
次のオアシスまでは9km。国道沿いを進みます。九大学研都市の駅入り口付近を通過したのは、2時を回っていました。でも、学生と思われる人が何人も歩いていました。さすが、大学生です?
周りにはぱらぱらとお店があります。そして、車もたまに通ります。代わりに、ランナーがまばらになってきて、前の人の明かりが見えたり見えなかったり。そして、公園の先に、次のオアシスがありました。
ここは、普通のお宅の車庫を借りています。
コーヒー大福で、眠気を飛ばします。冷えていておいしかったです。
線路に沿って進みます。駅がありましたが、反対側の丘の上だけ出口があり、こちら側に降りるのは大変そうです。「美咲が丘」駅なので、JR九州が造成した宅地なのでしょうか。
再び、線路と離れて進みます。ずっと国道なので迷うことはないのですが、交通量も減ってきて、また街灯もあったりなかったりです。
このあたりが一番眠くて、歩道から外れないように、ぼーっと走っていました。
海岸線を進んで、緩い坂を上がると、3番目のオアシスがありました。 白線が、だんだん短くなっていくのが目印です。
折り返さずに、唐津でゴールの宣言をすることもできます。その場合は、折り返し用のオアシス食料を食べてよい、というルールらしく、ここで何人かがおいしくいただいていました。
うーん、と思ったのですが、進むことにしました。
歩行者用信号を押します。車はほとんどいないのですが、信号を守るのはルール。右側にわたって、歩道を進みます。
踏切が鳴ります。始発が動き出しました。これで、いつでもリタイヤやワープができます。
3kmほど進むと、福吉駅の手前に右側にローソンがあります。この先はコース唯一の峠越えで、しばらくはコンビニもありません。ここでコーヒーを飲んで、眠気を覚ましました。
左に曲がると、緩いのぼりです。右折の場所には、朝早くから応援している方がいました。ありがとうございます。
再び左に曲がって本格的な登りです。といっても、車道なので、走れなくはないのですが、でも歩きます。
朝早いのに、細い道を車が何台か通ります。なぜ?と思っていたら、上った先にゴルフ場がありました。
この先は何回か右左折があるのですが、白線があって問題なく進めます。
いったん下って、もう一度上って、急な下りを進むと、再び国道に合流しました。
すっかり夜は明けてきました。でも、幸いなことに曇っています。日差しがさす前に、なるべく進みたいと思い、淡々と走ります。
右手は海岸線。そして、折り返し地点の唐津城が彼方に見えます。
橋を渡って少し進むと、4番目のオアシスでした。
往路は、大福です。これも冷えていておいしかったです。
セブンイレブンの角で、白線は右折を示しています。まっすぐ進む人もいました。なぜ?と思いましたが、「虹の松原はフリー走行」と言っていたので、まっすぐ進んだのでしょう。
ここを走ってもよいのですが、初めてなのでデフォルトの松原の中を進みます。
すでに折り返してきた人とすれ違いに声をかけながら進みます。虹の松原の説明用の看板が時々あり、あとどのくらいかがわかります。
松原を抜けたら、もうすぐ。右折して橋を渡ると、右手に大きく唐津城が見えました。
あれを上るのかな?と思いましたが、折り返し地点はお城のふもとでした。
ここでは、押しずしがありました。中にもしっかり具が入っていて、美味しかったです。
今日は晴天で、30度近くに上がる予報です。折り返しでは、預けた荷物から暑さ対策グッズを取り出し、ヘッドライトを預けました。
暑さ対策としては、ハイドレーションと手ぬぐい、軍手です。
ハイドレーションは、途中のコンビニで氷を入れて、背中を冷やしながら進みます。
そして、手ぬぐいと軍手。こちらも軍手の中に氷を入れて、それを手ぬぐいで包んで、首の後ろを冷やします。これは、夜叉が池マラニックで教えてもらった方法です。
30分近く休憩したのちに、折り返します。帰りは別の道を進もうと県道を途中まで行きましたが、日陰が無い場所があり、再び松林の中に戻りました。
虹の松原を出たところのセブンイレブンで氷と水を仕入れて、背中と首を冷やします。
すぐに、折り返しのエイドがあります。ちょうど誰もいませんでした。
復路は「天ぷら」です。天ぷらと言っても、おでんの具の焼き蒲鉾のような感じでした。
この先の海岸線の国道は、日影がありません。もう、淡々と進むしかありません。
海のきれいさに癒されながら、日影のある山道を目指します。
急坂を少し上ると、やっと影ができました。アップダウンしながら、進みます。
間違えないように、白線に沿って走ります。
こんな山道ですが、ここが旧唐津街道とのこと。海岸線を進む国道は、新たに切り開いた道でしょうか。
再び峠を越えて下ります。朝、応援していただたいた方がいた交差点は、無人販売所になっていました。
かんきつ類がありました。100円なので買って帰ろうかと、ちょっと思いました。
行きにも求刑したローソンで、氷を補充します。すっかり暑くなって、歩きが続きます。
「公共交通機関も公認」というのが頭によぎります。そして、すぐ隣には電車が。
。。。。。うーん、次のオアシスで食べた後は、電車に乗ろうと思いました。
そして、復路72kmのオアシス。ここは、民家の車庫です。「百枝プリン」を頂きました。
次の駅で、電車に乗る!と決めて進みますが、なかなか駅が現れません。
代わりに、左手には澄んだ海。暑くて、飛び込みたくなります。
なんとか到着したのが、筑前深江駅。ここまで80km弱でした。
このまままっすぐ帰っても良いのですが、時間はたっぷりあります。 せっかくなので、途中下車をしながらオアシスを全部寄ることにしました。
筑前前原駅で降りて、「抹茶大福」を頂きました。冷たくて、美味しい!
今宿駅近くの最終オアシスは、ミニトマトでした。
そういえば、福岡市街を観光していません。再び電車に乗った後は、JRの終着駅となる姪浜でおりてみました。
2時過ぎです。気温は高いのですが、風が出てきました。残りを走ってみるかな、と思って、再び走り出しました。
大濠公園に寄りました。ボートに乗る人、散歩する人、そしてキャンプする人。みな、気持ちよさそうです。
平和台の陸上競技場では、高校生が練習していました。
天神、中洲川端と、中心街を抜けていきます。ほとんどの信号が歩車分離式なので、ストップアンドゴーが続きます。
ゆっくり着替えて、博多駅前の温泉で汗を流しました。
福岡空港からは、2時間の旅。あっという間に千葉に戻ってきました。
おわり。
コメント
こういうマラニックの大会ですと深夜にスタートするものも多いようですね。昼間の暑さは避けれらますが、寝ずに走るというのはなかなか過酷な気がします。機会があれば富士山往復なんても面白そうと興味はあるものの、現段階の体力では完走する自信がありません」。
電車を使ってのワープも、それほどの距離ではなかったようですね。やはり鍛え方が違いますので、これだけ走って弾丸で福岡に無宿伯で往復できるんですね
ありがとうございます。夜は比較的涼しいのですが、おっしゃる通り眠い!です。
今回は、電車に沿ったコースだったので、「何かあれば電車に乗ればいいや」と気軽に考えていました。また、電車も公認の移動手段だったので、目いっぱい頑張らずに電車に乗ってしまいました。